なぜ今、日本のマーケターは「11の欲望」を深く知るべきなのか?
マーケティング戦略を担当されている皆様、日々変化する消費者の心、どうすれば掴めるのか、悩んでいらっしゃいませんか?情報が溢れ、個人の価値観が多様化する現代の日本市場では、従来の属性データだけではターゲットのインサイトを捉えきれない場面が増えていますよね。
消費者の行動は、単純な「欲しい」という気持ちだけでなく、その奥底にある複雑な心理や感情に突き動かされています。この深層心理を理解することなくして、真に心に響くマーケティング戦略を立案することは、ますます困難になっていると言えるでしょう。特に、テクノロジーの進化により個人の嗜好が細分化し、市場のトレンドも目まぐるしく移り変わる現代においては、表面的なニーズを追いかけるだけでは、すぐに時代遅れになってしまう可能性があります。
この記事では、そんな皆様の強力な羅針盤となる、株式会社電通(以下、電通)が提唱する「11の欲望」の2024年最新版を、具体的な一覧表と共に、一つひとつ丁寧に、そして実践的に解説していきます。単なる理論の紹介ではなく、明日からのマーケティング活動に活かせるヒントが満載です。最後までお読みいただければ、「なるほど!」と膝を打つ発見があるはずです。この「11の欲望」というフレームワークを深く理解し、活用することで、皆様のマーケティング戦略はより一層、消費者の心に寄り添ったものへと進化することでしょう。
「11の欲望」とは?~消費者の本音を解き明かす鍵~
「欲望」を捉える重要性
消費者の行動の根源には、表面的な「ニーズ(必要性)」や「ウォンツ(欲求)」のさらに奥深くにある、より本質的な「欲望(Desire)」が存在します。この「欲望」こそが、消費者の心を動かし、最終的な購買行動を決定づけるエンジンとなるのです 。
例えば、「喉が渇いた」という生理的なニーズに対して、「水が欲しい」というウォンツが生まれます。しかし、そこで「特定のミネラルウォーターを選びたい」「おしゃれなカフェで特別なドリンクを飲みたい」「健康効果の高そうなスムージーがいい」といった具体的な選択肢が生まれる背景には、単なる渇きを癒す以上の、「自己イメージを高めたい」「特別な体験をしたい」「健康でありたい」といった多様な「欲望」が隠されています。ニーズは顕在化していることが多いですが、同じニーズを持つ人でも、その背景にある「欲望」は異なる場合があります。例えば、「健康になりたい」というニーズの裏には、「いつまでも若々しく見られたい(承認欲求に近い欲望)」人もいれば、「病気のリスクを減らして穏やかに暮らしたい(安全欲求に近い欲望)」人もいます。この違いを理解することが、よりパーソナルで響くマーケティングに繋がります。欲望レベルでの理解は、より根本的な動機に訴えかけるため、ブランドへの共感やロイヤルティを高める効果が期待できるのです。
電通デザイアデザイン(DDD)と「11の欲望」フレームワーク
株式会社電通のプロジェクトチーム「DENTSU DESIRE DESIGN(DDD)」は、長年にわたる消費調査と分析に基づき、現代の日本の消費者の行動に強く影響を与える感情を「11の欲望」として可視化・体系化しました 。このフレームワークは、人間が普遍的に持つ43種の「根源的欲求」と、時代ごとの社会背景や価値観を反映した「現代の価値観」を掛け合わせることで導き出されています 。
マズローの欲求5段階説 などが示すように、人間には普遍的な欲求が存在します。しかし、その欲求がどのように表出し、どのような行動に繋がるかは、その時々の社会状況や個人の価値観によって大きく左右されます。DDDの「11の欲望」フレームワークは、この普遍的な人間の欲求と、変化し続ける現代的な価値観の双方を捉えることで、今の日本の消費者をより深く、そしてリアルに理解するための手がかりを提供しています。これにより、一過性のトレンドに惑わされることなく、より長期的で本質的な消費者理解に基づいたマーケティング戦略の立案が可能になります。
2024年版「11の欲望」アップデートのポイント
2024年3月、DDDはこの「11の欲望」の最新版を発表しました。注目すべきは、「11の欲望」という大きな枠組み自体は変わらないものの、そのうち半数以上にあたる6つの欲望の名称やその内容が、現代社会の動向を反映してアップデートされた点です 。
この変化の背景には、新型コロナウイルス感染症のパンデミックを経た生活様式の大きな変化、それに伴う人々の価値観のアップデート、そして自己実現のあり方や他者とのつながり方の模索といった、現代社会を生きる人々の心理が色濃く反映されていると考えられます 。例えば、「さみしい人とは思われたくない欲望」が「わたしの役割でつながる欲望」へと変化したように、受動的な状態からより能動的に社会や他者との関わりを求める意識へのシフトが見受けられます。また、「資本集中型浪費欲望」が「資本集中型消費欲望」へと変わった点からは、経済的な不確実性が増す中で、より現実的で賢いお金の使い方を志向する消費者の姿が浮かび上がってきます 。これらの変化は、マーケターが今後の戦略を考える上で非常に重要な示唆を与えてくれます。
【2024年最新版】マーケティングに活用できる「11の欲望」一覧と徹底解説
現代の日本の消費者の心を動かす「11の欲望」。その全体像を把握しやすくするために、まずは2024年最新版の一覧を表形式でご紹介します。この表は、各欲望の名称、それが属する大きな分類、そしてその欲望を理解するためのキーワードを簡潔にまとめたものです。詳細な解説に進む前に、一度全体を俯瞰していただくことで、個々の欲望の理解がより深まるでしょう。
表1:電通「11の欲望」一覧(2024年版)
欲望の名称 | 分類 | 簡単な定義とキーワード |
---|---|---|
他人という鏡に映した欲望 | 承認&優越 | 他者から認められたい、優位に立ちたい。SNS、ステータス、自己肯定感。 |
無理のない自由への欲望 | 自由&安楽 | 高望みせず、手の届く範囲で心穏やかに自分らしくいたい。チル、ミニマリズム、サブスク。 |
心身平常運転の欲望 | 健康&平穏 | 心身ともに健康で、波風の立たない穏やかな状態を維持したい。ウェルビーイング、メンタルヘルス、睡眠。 |
わたしの役割でつながる欲望 (2024年変更) | つながり&共感 | 集団の中で自分の役割を見出し、それを通じて他者と意味のあるつながりを持ちたい。コミュニティ、貢献、共創。 |
腕を磨いたから、腕試し欲望 (2024年変更) | 探求&創造 | 磨いたスキルや知識を誰かと共有し、試したい、手応えを感じたい。感動、スキルシェア、自己実現。 |
資本集中型消費欲望 (2024年変更) | 興奮&享楽 | 「これと決めた世界」には集中的に投資し、興奮や楽しみを追求したい。推し活、沼消費、限定。 |
守りたいものがある欲望 | 社会貢献&保守 | 大切なもの(家族、価値観、環境など)を守りたい、社会に貢献したい。エシカル、サステナブル、応援消費。 |
肝心な時こそ気配を消したい欲望 (2024年変更) | 保身&安全 | 炎上リスクを避け、目立たず安全な側に身を置くことで安心を得たい。損したくない、匿名性、同調。 |
ホントはダメだけど、だって欲望 | 遊興&解放 | 日常の規範から少し逸脱するような、ちょっとした後ろめたさを伴う楽しみや解放感を求める。ギルティプレジャー、ご褒美、非日常。 |
愛がなくちゃね欲望 (2024年変更) | 愛情 | 愛し愛されたいという欲求を、消費行動などを通じて形にし、人生を豊かにしたい。絆、ペット、ギフト。 |
あっ、コレわたしっぽい欲望 (2024年変更) | 収集&没頭 | 自分らしいモノやコト、物語を集め、没頭し、自己演出し、注目されたい。個性、限定コレクション、衝動買い。 |
出典:電通ニュースリリース 及び関連資料
この一覧表は、各欲望の核心を掴むための入り口です。それぞれの欲望が持つ意味合い、背景にある消費者心理、そして現代の日本でどのように現れているのかを、次から詳しく見ていきましょう。
各欲望の詳細解説(全11項目)
1. 他人という鏡に映した欲望 (承認&優越)
- 定義と概要
この欲望は、他者から認められたい、あるいは他者よりも優位に立ちたいという、人間の根源的な承認欲求や優越感を求める気持ちを指します 。SNSでの「いいね!」の数、フォロワー数、あるいは高級ブランド品や希少価値の高いアイテムの所有などが、この欲望を満たす手段として機能することがあります。自分の努力や頑張りを誰かに知ってもらい、反応してもらいたいという願望もここに含まれます 。 - 背景にある消費者心理
自己肯定感を維持したい、社会的なステータスを確認したい、特定の集団に所属していると感じたいといった心理が複雑に絡み合っています。特に、スマートフォンの普及とSNSの日常化により、他者の視線や評価を常に意識する傾向が、現代の日本の消費者には強まっていると考えられます 。他者からの肯定的な評価や認識は、個人の自尊心や自己価値観と密接に関連し、強い動機付けとなります 。 - 現代の日本における具体的な現れ方
インフルエンサーへの憧れや模倣、限定品や入手困難なレアアイテムへの渇望、旅行先や食事の「SNS映え」を意識した消費行動などが典型的な例です。2024年11月の電通の調査では、この「他人という鏡に映した欲望」は過去最高値を記録し、消費者の間で他者からの見られ方を気にする意識や、他者や社会に対する貢献意欲(これもまた他者評価に繋がりうる)が高まっていることと関連していると分析されています 。 - マーケティング活用のヒント
この欲望に訴求するためには、ユーザーの承認欲求を満たすような仕掛けが有効です。例えば、商品やサービスの利用を通じて得られるステータスを暗示する、ランキングシステムや表彰制度を設ける、限定コミュニティへの招待や特別な体験を提供する、といったアプローチが考えられます。また、自己表現をサポートする商品開発や、影響力のあるインフルエンサーとのコラボレーションも効果的でしょう。 - 深掘り考察
「他人という鏡」は、時に自己成長を促すポジティブな力となり得ますが、一方で過度な他者比較や承認への渇望は、「承認疲れ」や精神的なストレスを生み出す可能性も秘めています。マーケターは、この欲望を刺激する際には、消費者が他者との比較ではなく、自分自身の価値を見出し、健全な形で自己肯定感を高められるような、建設的なメッセージングや体験設計を心がける配慮も求められるのではないでしょうか。
2. 無理のない自由への欲望 (自由&安楽)
- 定義と概要
この欲望は、過度な高望みをせず、自分の手の届く範囲で心穏やかに、自分らしくいられる自由を求める気持ちを指します 。かつてのように、自由のために何かと戦ったり、大きな犠牲を払ったりするのではなく、あくまで気楽に手に入れられ、維持できる範囲での自由を重視する傾向があります 。出世よりも自分らしく働くことに価値を感じたり、生きづらい現代の中で自分の世界を守ろうとしたりする、現代人らしい等身大の自由を求める気持ちと言えるでしょう 。 - 背景にある消費者心理
将来への漠然とした不安感、情報過多によるストレス社会からの逃避願望、そして過度な競争や成果主義への疲れなどが背景にあると考えられます。無理をせず、心身ともに安定した状態を保ちたいという心理が強く働いています。コロナ禍における行動制限や自粛の経験が、無理をしないことや高望みしないことを肯定する価値観を後押しした側面や、実質賃金が伸び悩む経済状況の中で、現状を受け入れつつその中で満足を見出そうとする処世術としての側面も指摘されています 。 - 現代の日本における具体的な現れ方
柔軟な働き方として注目される「ワーケーション」や、必要最低限のもので暮らす「ミニマリスト」的な生活スタイル、モノを所有することから解放される各種「サブスクリプションサービス」の利用拡大などが挙げられます 。また、遠出せずに近場でゆったりと過ごす「チル」な時間の重視や、自宅にハンモックを吊るしてリラックス空間を確保するといった行動も、この欲望の現れと捉えることができます 。 - マーケティング活用のヒント
手軽に始められるサービス、個々のニーズに合わせてカスタマイズ可能な商品、心地よさや安心感を提供する空間や体験のデザイン、時間や場所に縛られない柔軟なソリューションなどが、この欲望を持つ消費者に響きやすいでしょう。「自由でいたい・縛られたくない」「自分だけの時間を大事にしたい」「リラックスしたい・のんびりしたい」といった具体的な欲求に応えることがポイントです 。 - 深掘り考察
「無理のない自由」という言葉は、一見すると消極的な印象を受けるかもしれません。しかし、これは見方を変えれば、「自分にとって本当に大切なものは何か」を主体的に見極め、それを守り、育んでいこうとする積極的な意思の表れとも言えます。この欲望が強い人々は、表面的な華やかさや一時的な流行よりも、本質的な価値、心地よさ、そして持続可能性といった要素を重視する傾向があるのではないでしょうか。マーケターは、そうした深層心理を理解し、製品やサービスが提供する「真の自由」や「安らぎ」を丁寧に伝える必要があります。
3. 心身平常運転の欲望 (健康&平穏)
- 定義と概要
ストレスの多い現代社会において、心身ともに健康であり、感情の起伏が少なく、いつもと変わらない穏やかな状態を維持したいという欲望です 。新型コロナウイルスの感染拡大以降、特にこの欲望は継続的に高まっているとされています 。 - 背景にある消費者心理
情報過多な社会、先行きの不透明な経済状況、パンデミックの経験などを背景に、メンタルヘルスやウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好な状態)への関心が急速に高まっています。スマートフォンの普及により常時情報に接続できるようになったことで、「脳疲労」といった言葉も聞かれるようになり、脳を休めたいという意識も顕在化しています 。睡眠時間や睡眠自体の質を高めることで「心身ともに問題がない状態」でいたいという願いが、多くの人々に共通して見られます 。 - 現代の日本における具体的な現れ方
睡眠の質を向上させるための飲料や寝具、リラックス効果を謳ったアロマグッズなどの「睡眠ケア商品」のヒットが象徴的です 。また、マインドフルネスやヨガといったストレス軽減法の普及、健康志向の食品やサプリメントの選択、意識的なデジタルデトックスの試みなども、この欲望の現れと言えるでしょう。「チル」という言葉が若者を中心に定着していることも、リラックスや平穏を求める現代の空気感を反映しています 。 - マーケティング活用のヒント
ストレス軽減効果、リラックス効果、健康維持・増進機能を訴求する商品やサービスが求められています。その際、安心感や信頼感を与える情報提供、例えば科学的根拠に基づいた効果の提示や、専門家のお墨付きなども有効です。また、製品そのものだけでなく、穏やかな気持ちになれるようなパッケージデザインやブランドイメージも重要になるでしょう。 - 深掘り考察
「心身平常運転」という欲望は、単に病気でない状態を指すのではなく、より積極的に「質の高い平穏」や「精神的な安定」を求める動きと捉えることができます。これは、自己管理意識の高まりと、生活全体の質(QOL)を重視する現代的な価値観の表れと言えるのではないでしょうか。企業は、消費者が日々の喧騒の中で、ふと立ち止まり、心と体をリセットできるような「止まり木」となる価値を提供することが求められています。
4. わたしの役割でつながる欲望 (つながり&共感) (2024年変更)
- 定義と概要
この欲望は、2024年版で「さみしい人とは思われたくない欲望」から名称と内容が変化しました 。以前は周囲から孤独だと思われることを避けたいという受動的な気持ちが強かったのに対し、新しい欲望では、集団やコミュニティの中で自分自身の明確な「役割」を見出し、その役割を果たすことを通じて他者と積極的に、そして意味のある形でつながりたいという、より能動的で前向きな欲求へと進化しています 。 - 背景にある消費者心理
新型コロナウイルス感染症の流行により、物理的な接触が制限され、強制的に他者とのつながりを断たれる経験をしたことで、「一人でいても別に恥ずかしくない」という価値観が一定程度広がりました 。その一方で、オンラインでのコミュニケーションが急速に普及し、新たなつながりの形が模索される中で、人々は単に「つながっている」という状態だけでなく、そのつながりの「質」や「意味」をより重視するようになったと考えられます。自分の存在意義や貢献を実感できるような、より深いレベルでの共感や連帯感を求めているのです。 - 現代の日本における具体的な現れ方
地域社会への貢献を目的としたボランティア活動への参加、共通の趣味や目標を持つオンラインコミュニティでの積極的な役割遂行(例:イベント企画、情報共有)、副業やプロボノ活動を通じた専門スキルの提供などが挙げられます。スポーツチームにおけるチームワークの重視や、メンバーとしての貢献意識もこの欲望と関連が深いです 。また、消費行動においては、社会課題の解決に貢献する商品やサービスを選ぶことも、この欲望を満たす行動の一つと考えられます。例えば、物流問題に配慮したZOZOTOWNの「ゆったり配送」や、食品ロス削減に貢献する店頭での「てまえどり」といった選択は、消費者が社会の一員としての役割を意識し、行動している証左と言えるでしょう 。 - 2024年版での変化
「孤独だと周りから思われるのは嫌」という、他者評価を気にする受動的な回避の欲求から、「集団の中での自分の意味を考え、自分の役割を通じて他者と能動的につながりたい」という、より主体的でポジティブな欲求へと変化しました 。 - マーケティング活用のヒント
ユーザーが参加し、共に創り上げていく「共創型」のプロジェクトやイベントの企画。企業やブランドが取り組む社会貢献活動への参加機会の提供。ユーザー同士が特定のテーマについて語り合い、交流できるオンラインプラットフォームの運営。個人のスキルや経験が活かせるようなプログラムやサービスの開発などが有効です。 - 深掘り考察
この「わたしの役割でつながる欲望」への変化は、日本社会における「個」と「集団」の関係性が新たなフェーズに入ったことを示唆しているのかもしれません。かつてのように集団に埋没して安心感を得るのではなく、個々の強みや特性、役割を自覚した上で、より建設的かつ主体的に社会やコミュニティに貢献し、その中で確かな手応えとつながりを実感したいという、成熟した個人の意識の表れと見ることができるのではないでしょうか。
5. 腕を磨いたから、腕試し欲望 (探求&創造) (2024年変更)
- 定義と概要
この欲望は、2024年版で「マイワールドを追求したい欲望」から名称と内容が変更されました 。以前は、探求したい、成長したいといった自己実現への没頭を望む内向きな欲求が中心でしたが、新しい欲望では、そうして磨き上げたスキルや知識、あるいは深めた趣味の世界を、今度は他者と共有し、その反応や手応えを感じたい、さらには「感動したい」という外向きの欲求が加わっています 。 - 背景にある消費者心理
コロナ禍において、多くの人が自分自身と向き合う時間や一人で過ごす時間が増え、その中で新たな趣味を始めたり、専門的なスキルを学んだりすることに没頭した経験を持つ人が少なくありません。そして、行動制限が緩和されるにつれて、それらの時間で培われたものを誰かに見てもらいたい、試してみたい、そしてその成果を通じて誰かと感動を分かち合いたいという気持ちが高まってきたと考えられます 。 - 現代の日本における具体的な現れ方
個人のスキルや知識を活かしてサービスを提供する「スキルシェアサービス」の利用拡大。自身が制作した作品(アート、音楽、文章など)を展示会やオンラインプラットフォームで発表する行為。アマチュア向けのコンテストや競技会への参加。副業として専門スキルを活かして収入を得る動き。また、長年収集してきたコレクションを展示・公開したり 、海外での豊富な駐在員経験を活かして国際協力活動(例:エクアドルの「5S活動」支援)に参加したりする といった行動も、この欲望の現れと捉えることができるでしょう。 - 2024年版での変化
「没頭したい」という自己完結的な欲求から、他者との関わりの中で「感動したい」「手応えを感じたい」という、より外向きで社会的な承認や共感を求める欲求へと変化しました 。 - マーケティング活用のヒント
ユーザーが自身のスキルや作品、経験などを発表・共有できるプラットフォームの提供。ユーザー参加型のコンテストやイベントの開催。さらなるスキルアップを支援する学習プログラムやワークショップの提供。製品やサービスを通じて得られる達成感や感動を訴求するストーリーテリングなどが有効です。 - 深掘り考察
この「腕を磨いたから、腕試し欲望」において重要なのは、単に自分の能力を誇示したいというだけでなく、その成果を通じて他者と「感動」を共有し、つながりを実感したいという点です。マーケターは、製品やサービスが提供する機能的な価値だけでなく、それらがユーザーの自己実現や他者との感情的なつながり、共感をどのように生み出すのか、という視点からの体験設計を意識する必要があるでしょう。
6. 資本集中型消費欲望 (興奮&享楽) (2024年変更)
- 定義と概要
この欲望は、2024年版で「資本集中型浪費欲望」から名称が変更されました 。以前は「これと決めた世界で気のおけない仲間と盛り上がり、時間もお金も一気に放出して自己実現したい」という、ある種刹那的な「浪費」の側面が強調されていました。しかし新しい欲望では、「後先を考えずに楽しみたい」という欲求が他の因子に移行し、「本当は派手にいきたいけれど、そうもいかない」という現実的な認識のもと、「浪費しても構わない」ではなく「現実的に行動したい、お金を使いたい」という、より計画的で意識的な「消費」へと変化しています 。つまり、特定の対象や分野に対しては惜しみなくお金や時間を集中的に投下し、そこで得られる興奮や楽しみ、自己実現を追求するものの、その使い方は以前よりもシビアで現実的になっていると言えます。 - 背景にある消費者心理
円安や物価上昇といった外部環境の変化により、消費に対して慎重にならざるを得ない現実があります 。しかしその一方で、「推し活」や「沼消費」といった言葉に代表されるように、自分が価値を見出した特定の対象や趣味に対しては、熱狂的に時間とお金を注ぎ込むという消費行動も依然として根強く存在します 。このような背景から、普段は節約志向でも、ここぞという時には一気に財布の紐を緩めるという、メリハリのついた消費意識が定着してきていると考えられます。 - 現代の日本における具体的な現れ方
特定のアイドルやアニメ、ゲームキャラクターなどへの「推し活」関連消費(グッズ購入、イベント参加、ライブ遠征など)。特定の趣味(例えば、カメラ、オーディオ、アウトドア用品、特定のファッションブランドなど)への高額な投資。希少性の高い限定品やコラボレーションアイテムの購入。クラウドファンディングにおける特定のプロジェクトへの高額支援などが挙げられます。2024年11月の電通の調査では、この欲望も過去最高値を記録しており、消費者が自分の好きなもの・ことに対して集中的にお金を使いたいという傾向が強まっていることが示されています 。 - 2024年版での変化
「後先を考えずに楽しみたい」という衝動的な側面が薄れ、「浪費しても構わない」という無計画さから、「現実的に行動したい、お金を使いたい」という、より選択的で意識的な消費へとシフトしました 。 - マーケティング活用のヒント
ターゲット層が熱狂する特定の分野を見極め、そこに特化したプレミアムな商品や限定サービス、特別な体験を提供することが有効です。ファンの熱量をさらに高めるためのコミュニティ運営や、その商品やサービスが持つ独自のストーリー性や背景を丁寧に訴求することも重要です。また、LIXILや平和堂が導入している「ナレッジジャーニー」のように、顧客が自ら情報を探し、自己解決できるような仕組みを提供しつつ、深いエンゲージメントを構築するアプローチも、この欲望を持つ層の「納得感」を高める上で参考になるかもしれません 。 - 深掘り考察
「浪費」から「消費」への変化は、消費者が以前にも増して賢くなり、投じるお金や時間に対する「価値」をシビアに見極めるようになった証拠と言えるでしょう。企業は、なぜその商品やサービスに集中的に投資する「価値」があるのかを、具体的かつ魅力的に、そして納得感を持って伝えるコミュニケーション戦略が不可欠です。単に高価なものを提供するのではなく、その価格に見合うだけの、あるいはそれ以上の「興奮」や「満足感」、「自己実現」の体験を提供できるかどうかが問われています。
7. 守りたいものがある欲望 (社会貢献&保守)
- 定義と概要
この欲望は、自分にとって大切なもの、例えば家族、友人、所属するコミュニティ、あるいは自らが信じる価値観や、さらには地球環境といったより大きな対象を守りたい、そして社会に対して何らかの形で貢献したいという気持ちを指します 。 - 背景にある消費者心理
国内外の社会情勢の不安定化、気候変動をはじめとする環境問題への意識の高まり、そして企業や個人の倫理観に対する社会的な関心の増大などが背景にあると考えられます。特に若い世代、いわゆるZ世代は、幼い頃から社会問題に触れる機会が多く、社会貢献意識が高いとされています 。また、電通の分析によれば、「等身大に楽しむ善人」と名付けられた、日本人の平均的な欲望を持つクラスターにおいて、この「守りたいものがある欲望」がやや高めに現れる傾向があり、個人的な欲求と社会性のバランスを重視する心理と関連していると指摘されています 。 - 現代の日本における具体的な現れ方
環境に配慮した製品やサービスを選択する「エシカル消費」、持続可能な社会の実現に貢献する「サステナブル」な商品やブランドへの支持、生産者や途上国を応援する「フェアトレード製品」の購入などが代表的です。また、災害時の被災地支援を目的とした寄付やボランティア活動への参加、あるいは特定のプロジェクトやクリエイターを資金的に応援する「クラウドファンディング」なども、この欲望の現れと言えるでしょう 。2024年11月の電通の調査では、この欲望も過去最高値を記録しており、他者や社会に対する貢献意欲の高まりがうかがえます 。 - マーケティング活用のヒント
ブランドや製品が持つ社会貢献性を前面に出したストーリーテリング。製品の生産背景や環境負荷に関する透明性の高い情報開示。消費者が参加できる形の社会貢献活動の提案(例:購入金額の一部を寄付、ボランティアプログラムの実施)。応援したいという気持ちを具体的な行動に繋げるための「応援購入」の仕組みづくり(例:MakuakeやCampfireのようなプラットフォームとの連携)などが考えられます。 - 深掘り考察
この「守りたいものがある欲望」は、単に自己犠牲的な利他行動を指すのではありません。むしろ、「何かを守る」という行動を通じて、自分自身の存在意義を確認したり、自己肯定感を高めたり、あるいは同じ価値観を持つ人々とつながることで精神的な満足感や幸福感を得たいという、ある種の自己実現の欲求とも結びついていると考えられます。企業は、消費者が「良いことをしている」と心から実感でき、かつそれが自分自身のウェルビーイングにも繋がるような、共感性の高い体験を提供することが重要になるでしょう。
8. 肝心な時こそ気配を消したい欲望 (保身&安全) (2024年変更)
- 定義と概要
この欲望は、2024年版で「炎上しないための欲望」から名称と内容が変化しました 。リアルでもバーチャルでも、些細な言動がきっかけで批判や攻撃の対象となりやすい(いわゆる「炎上」しやすい)現代社会において、できるだけ目立たず、波風を立てず、常に「みんな」と同じ安全な側に身を置くことで、自らの心と立場を守り、安心と安全を確保したいという保守的な欲望です。「得をするよりも損をしたくない」という思考が根底に強く働いています 。 - 背景にある消費者心理
SNSの普及によるコミュニケーションの変化、オンライン上での過激な意見や誹謗中傷の日常化、そしてそれに伴う「SNS疲れ」や「炎上」への恐怖感が背景にあります。また、周囲の目を過度に気にする同調圧力や、失敗することへの強い恐れも、この欲望を強める要因となっていると考えられます。 - 現代の日本における具体的な現れ方
公の場やSNSでの個人的な意見表明や行動の抑制。本音を隠し、当たり障りのない発言に終始する傾向。匿名性の高いオンラインサービスの利用増加。多数派の意見や行動に無意識的に同調する行動。商品選択においては、冒険的な新製品よりも、実績のある定番商品や信頼できるブランドを選ぶといったリスク回避的な行動。また、情報収集においては、重要な情報とそうでない情報を慎重に吟味し、不確実な情報からは距離を置こうとする姿勢も、この欲望の現れと捉えることができるかもしれません 。 - 2024年版での変化
以前の「とにかく炎上したくない」という具体的な事象への回避意識から、より広範な意味で「肝心な時には目立たず、気配を消す」ことで、あらゆるネガティブな状況から身を守ろうとする、より能動的かつ包括的な自己防衛の意識へと変化しました 。 - マーケティング活用のヒント
製品やサービスが提供する「安心感」や「安全性」を前面に出した訴求。個人情報の取り扱いなどプライバシー保護の徹底。ユーザーサポート体制の充実。炎上リスクの低い、穏健で中立的なコミュニケーション戦略の採用。ただし、この欲望が強い層は新しいものへの挑戦を避ける傾向があるため、イノベーティブな製品やサービスを投入する際には、初期の受容層を見極める慎重さも必要です。かつてフォードが市場調査を行わずに自動車を開発したという逸話 は、この欲望とは対極にあるリスクテイクの精神を示していますが、現代においては多くの場面で「安全第一」の選択が求められることも事実です。 - 深掘り考察
この「肝心な時こそ気配を消したい欲望」が強い層は、変化を嫌い、現状維持を好む傾向があるかもしれません。企業にとっては、イノベーションを追求し市場をリードしていくことと、このような消費者の安全・安心志向にどう応えていくかのバランスが、今後のマーケティング戦略における重要な課題となるでしょう。また、この欲望は、情報過多社会における一種の自己防衛本能とも言え、企業が発信する情報に対しても、より慎重で批判的な目が向けられる可能性を示唆しています。
9. ホントはダメだけど、だって欲望 (遊興&解放)
- 定義と概要
この欲望は、日常生活のルールや社会的な規範、あるいは自分自身で課している制約からほんの少しだけ逸脱するような、ちょっとした後ろめたさや罪悪感をスパイスとして伴う遊びや楽しみ、そしてそこから得られる解放感を求める気持ちを指します 。電通の分析によれば、この欲望は特に「F:自分は二の次でも今が幸せクラスター」で強い欲望として現れるほか 、「等身大に楽しむ善人」クラスターでもやや高めに見られるとされています 。 - 背景にある消費者心理
日々の生活におけるストレスや様々な制約からの解放願望が根底にあります。「たまには羽目を外したい」「日常を忘れて楽しみたい」という気持ちや、非日常的な体験への憧れがこの欲望を後押しします。適度な背徳感が、かえってその行為の魅力を高めるという心理も働くようです。 - 現代の日本における具体的な現れ方
例えば、ダイエット中にもかかわらず深夜に高カロリーなラーメンやスイーツを食べてしまう行為、普段は節約を心がけている人がたまに衝動買いをしてしまうこと、あるいは「ギルティプレジャー」と称されるような、人には大っぴらに言えないけれど密かに楽しんでいる趣味やコンテンツの消費などが挙げられます。「自分へのご褒美」という名目での、普段よりも少し贅沢な消費もこの欲望と関連が深いでしょう。 - マーケティング活用のヒント
期間限定の特別感や非日常的な体験の提供が効果的です。「頑張った自分へのご褒美に」「今夜だけは特別」といった、消費行動を正当化し、罪悪感を和らげるようなストーリーテリングやキャッチコピーが響きやすいでしょう。また、少しだけ秘密を共有するような「共犯意識」をくすぐるようなコミュニケーションも、この欲望を持つ層の心を掴むかもしれません。 - 深掘り考察
この「ホントはダメだけど、だって欲望」は、完全に社会規範から逸脱するような反社会的な行動を推奨するものではなく、あくまで「ちょっとだけ」「たまには」というバランス感覚が非常に重要です。マーケターは、消費者の罪悪感を不必要に煽るのではなく、日常からの適度な解放感と、後ろめたさを伴いつつも許容される範囲の楽しさを提供する、その絶妙な匙加減が求められます。この欲望をうまく刺激できれば、消費者は日常のストレスを解消し、新たな活力を得るきっかけにもなり得るのです。
10. 愛がなくちゃね欲望 (愛情) (2024年変更)
- 定義と概要
この欲望は、2024年版で「あえて愛を確認したい欲望」から名称と内容が変更されました 。根底にある「愛したい、愛されたい」という基本的な欲求は変わらないものの、以前は愛があることを分かっていてもあえてそれを確認することで「誰かとのつながりを確かめたい、ちょっと感動したい」という側面が強かったのに対し、新しい欲望では、その愛情を具体的な消費行動などを通じて「形にする」こと、そしてそれによって自らの人生をより豊かにしたいと考える、より能動的で積極的な欲求へと進化しています 。 - 背景にある消費者心理
現代社会において、希薄化しがちな人間関係や、時に感じる孤独感の中で、愛情や絆をより強く実感したいという切実な思いが背景にあります。愛情を表現したり、感じたりすることは、自己肯定感の向上や精神的な安定にも繋がると考えられています 。 - 現代の日本における具体的な現れ方
大切なペットへの愛情表現としての高品質なフードやグッズの購入、あるいは「推し」のアイドルやキャラクターへの熱烈な応援消費(グッズ購入、イベント参加など)。家族や恋人、友人への心のこもったプレゼント選び。共に過ごした大切な思い出を形に残すためのサービス利用(記念写真の撮影、思い出の品をリメイクするサービス、旅行など)。2024年11月の電通の調査では、この欲望も過去最高値を記録しており、愛情を起点とした消費の重要性が高まっています 。例えば、ヨーグルトの購入動機として、単なる自分自身の健康目的だけでなく、家族の健康を思う愛情が背景にあるという分析も見られます 。 - 2024年版での変化
愛情の存在を「確認する」という行為から、愛情を消費行動を通じて積極的に「形にする」ことで、人生の豊かさを実感しようとする、より能動的な欲求へと変化しました 。 - マーケティング活用のヒント
ギフト市場への多角的なアプローチ(パーソナルギフト、カジュアルギフトなど)。記念日や季節のイベントに合わせたマーケティング展開。成長著しいペット関連市場への注力。製品やサービスを通じて得られる感動や共感を前面に出したストーリーテリング。ブランド全体から優しさや温かさを感じさせるようなコミュニケーション戦略などが有効です。 - 深掘り考察
現代における「愛」の対象は、伝統的な家族や恋人といった人間関係に留まらず、ペット、趣味、特定のブランド、あるいはオンライン上のコミュニティなど、非常に多様化していると考えられます。企業は、自社の商品やサービスが、現代の消費者のどのような「愛」の形と結びつき、その表現を手助けできる可能性があるのかを、固定観念にとらわれずに多角的に検討することが、新たなマーケティング機会の発見に繋がるでしょう。
11. あっ、コレわたしっぽい欲望 (収集&没頭) (2024年変更)
- 定義と概要
この欲望は、2024年版で「集め方を集めていく欲望」から名称と内容が大きく変化しました 。以前はモノだけでなくコトも含めた思い出や物語を自分自身の記録として「集める」ことに主眼がありましたが、新しい欲望では、それに加えて、以前は他の欲望に含まれていた「没頭したい」「後先を考えずに楽しみたい」といった欲求が統合されました。その結果、「少し変わった個性も含めた自己演出」を通じて「周りから注目されたい」、そして「それを見越した衝動買いも楽しみたい」という、よりアクティブで自己表現的な欲望へと進化しています 。 - 背景にある消費者心理
自己表現欲求のさらなる高まり、画一的なものよりも個性的でユニークなものを好む価値観の浸透、SNSなどを通じた他者からの注目獲得への意欲、そして計画性よりも瞬間的な楽しさや満足感を優先する傾向などが背景にあると考えられます。 - 現代の日本における具体的な現れ方
特定のアーティストの限定盤CDやアナログレコード、あるいはニッチなブランドのヴィンテージアイテムといった「限定コレクション」の収集。特定のゲームや漫画、アニメの世界観に深く「没頭」する行為。自分の個性やライフスタイルに合わせてカスタマイズされた「パーソナライズ商品」や特別な体験の選択。SNSで「映える」こと間違いなしのユニークなアイテムの「衝動買い」。そして、「推し活」における関連グッズのコンプリートを目指す行動などが挙げられます。2024年11月の電通の調査では、この欲望も過去最高値を記録しており、個人の趣味嗜好への没頭と自己表現が消費行動に強く結びついていることが示されています 。 - 2024年版での変化
単にモノや情報を「集める」という行為から、そこに「没頭」し、それを「自己演出」の手段として活用し、他者からの「注目」や「衝動的な楽しみ」をも求める、より多面的でアクティブな欲望へと変化しました 。 - マーケティング活用のヒント
数量限定品やブランドコラボレーション商品の開発。顧客が自由にカスタマイズできる商品の提供。シリーズで集めたくなるようなコレクション性の高い商品ラインナップの展開。ユーザーが自身の購入品や体験をSNSで発信したくなるような仕掛け(例:フォトジェニックなパッケージ、ハッシュタグキャンペーン)。そして、特定の趣味や世界観に深く没頭できるような体験型イベントやコンテンツの提供などが有効です。 - 深掘り考察
この「あっ、コレわたしっぽい欲望」は、「自分らしさ」とは何かを探求し、それを見つけ出し、そしてそれを他者に「見てもらいたい」「認めてもらいたい」という現代人の強い気持ちが凝縮された欲望と言えるでしょう。企業は、消費者が商品やサービスに触れた瞬間に「これはまさに私のためのものだ!」「これこそが私らしさを表現してくれる!」と直感的に感じられるような、ユニークで、ストーリー性に富み、そして何よりも「その人らしさ」に寄り添う商品や体験を提供することが、この欲望を捉える上での鍵となります。
なるほど!「11の欲望」がスッキリわかる「たとえ話」
さて、ここまで11の欲望を個別に見てきましたが、これらの欲望が私たちの消費行動にどう影響しているのか、もっと身近な例で考えてみましょう。例えば、あなたが週末に「美味しいものを食べたいな」と思ったとします。このシンプルな「食べたい」という気持ちの裏にも、実は様々な「欲望」が隠れているんですよ。
もしあなたが「他人という鏡に映した欲望」が強いなら、SNSで話題の、予約困難な高級レストランを選ぶかもしれませんね。料理の味はもちろん、その店に行ったことを誰かに自慢したい、羨ましがられたいという気持ちが働くでしょう。投稿した写真にたくさんの「いいね!」がつくことで、承認欲求が満たされるわけです。
一方で、「無理のない自由への欲望」が強ければ、自宅でリラックスしながら、デリバリーで好きなものを頼むかもしれません。人目を気にせず、パジャマのままでも、自分のペースで気楽に楽しみたい、という気持ちです。誰にも邪魔されず、好きな時間に好きなものを食べる、それが最高の贅沢だと感じるのです。
もし「資本集中型消費欲望」が顔を出せば、特別な記念日でもないのに、以前から気になっていた超高級食材を使った限定コース料理に奮発するかもしれません。「この店、この料理のためなら、今月のお小遣いを全部使ってもいい!」というような、一点集中の情熱です。その一瞬の興奮と満足感に、大きな価値を見出すのです。
あるいは、「わたしの役割でつながる欲望」が強ければ、友人がシェフをしているお店を選んだり、あるいは地元の食材を応援しているレストランを積極的に選ぶかもしれません。食事が終わった後に「〇〇さんの作る料理は最高だね!」「この野菜、どこで採れたんですか?」と感想を伝えたり、お店の人とのコミュニケーションを楽しむことで、自分がその場の一員であること、誰かの役に立っていることを実感したいのです。
そして、「ホントはダメだけど、だって欲望」が疼けば、健康診断の結果を気にしつつも、「今日だけは特別!」と、深夜にこってりとしたラーメンと、背徳感たっぷりの濃厚なチョコレートケーキを注文してしまうかもしれませんね。この「いけないことをしている」というちょっとしたスリルや、自分を甘やかす行為そのものが、一種の解放感や楽しみをもたらすのです。
このように、同じ「美味しいものを食べたい」という行動一つとっても、その背景にある「11の欲望」の組み合わせや強弱によって、選ぶお店、メニュー、お金の使い方、そして何より「何に満足を感じるか」が大きく変わってくるのです。マーケターの皆様は、お客様が抱えるこの深層心理の「欲望」を読み解くことで、より心に響くアプローチができるようになるはずです。それは、単に商品を売るのではなく、お客様の心を満たす体験を提供することに繋がるのではないでしょうか。
2025年以降の日本市場と「11の欲望」~注目の消費者トレンド予測~
「11の欲望」は、現在の消費者を理解するための羅針盤であると同時に、未来の市場動向を予測する上でも重要な示唆を与えてくれます。2025年以降の日本市場は、どのような消費者心理やトレンドによって動かされていくのでしょうか。ここでは、最新のトレンド予測と「11の欲望」との関連性について考察します。
2025年の消費者トレンド「ポジティブ・ブースト」とは?
電通が予測する2025年の日本の消費トレンドとして、特に注目されるのが「ポジティブ・ブースト」というキーワードです 。これは、物価の高騰や経済の停滞といったネガティブな社会情勢が続く中で、消費者が意識的に「明るく」「優しく」「楽しい」モノやコト、あるいは自分自身や世界全体にとって「ポジティブな影響を与える」ものを選択しようとする心理状態を指します 。目の前の消費においては、明るく前向きな気持ちでいたい、そういった気分にさせてくれるものに人々が引き寄せられる傾向が強まると予測されています 。
この「ポジティブ・ブースト」の具体的な事象としては、「“前向き”神のご利益(圧倒的な成績や偉業を達成したアスリートや文化人に関連するアイテムで、ご利益にあやかりたいという心理)」、「優しさフィルターバブル(商品そのものも、商品名も、優しさで包み込んだようなものに惹かれる傾向)」、「“界隈”による心理的安全生活(自身の生活スタイルに『仲間がいる』安心感として『界隈』が心理的安全性を担保してくれる)」、「自己肯定オルタナティブ(自分の劣等感を吹き飛ばしてくれる“自己肯定感”を爆発的に上げるコンテンツの人気)」などが挙げられています 。
この「ポジティブ・ブースト」は、単なる楽観主義や現実逃避とは異なります。むしろ、不確実性の高い現代社会を生き抜くための、人々の能動的で賢明な対処戦略と捉えることができるかもしれません。消費者は、自らポジティブな要素を生活に取り入れることで、心理的な安定を保ち、日々の幸福感を高めようとしているのではないでしょうか。
「ポジティブ・ブースト」と「11の欲望」の相互作用
この「ポジティブ・ブースト」という大きなトレンドは、「11の欲望」のいくつかの項目と強く相互作用し、具体的な消費行動として現れると考えられます 。
- 他人という鏡に映した欲望
自分がポジティブな状態であることを他者に示したい、あるいは他者からポジティブな評価を得たいという欲求と結びつきます。例えば、社会貢献活動への参加をSNSで発信する、明るく元気な印象を与えるファッションを選ぶ、といった行動が考えられます。 - 資本集中型消費欲望
自分自身をポジティブな気持ちにしてくれるもの、あるいは自己肯定感を高めてくれるような体験や商品に対しては、集中的に時間やお金を投じる傾向が強まるでしょう。「推し活」でポジティブなエネルギーを得るために高額なグッズを購入したり、自己成長を促すセミナーに参加したりする行動などがこれにあたります。 - 守りたいものがある欲望
より良い未来やポジティブな社会を守りたいという意識から、環境に配慮した製品や、社会貢献活動を行う企業の商品を積極的に選択する行動に繋がります。自分の消費が、ポジティブな変化を生み出す一助となることを実感したいのです。 - 愛がなくちゃね欲望
ポジティブな人間関係や、愛情に満ちたコミュニケーションを重視する傾向が強まります。大切な人へのプレゼント選びにおいても、相手を元気づけたり、喜ばせたりするような、ポジティブな感情を喚起するものが選ばれやすくなるでしょう。 - あっ、コレわたしっぽい欲望
自分らしさを表現し、それをポジティブに肯定できるような商品やサービスへの関心が高まります。例えば、自分の価値観に合致するブランドの製品を選んだり、個性を活かせる趣味に没頭したりすることで、自己肯定感を高めようとします。
これらの欲望が「ポジティブ・ブースト」という追い風を受けることで、消費者はより積極的に、自分や周囲を明るく照らすような消費行動へと向かうと予測されます。
その他の2025年消費者トレンド予測と「11の欲望」
「ポジティブ・ブースト」以外にも、2025年の日本市場においてはいくつかの注目すべき消費者トレンドが予測されています。Shopifyやニッセイ基礎研究所などの調査によれば、「体験型消費の重視」「将来への準備意識の高まり」「メリハリ消費の定着」「AIを活用した消費の一般化」「循環型消費(リユース・リサイクル)の拡大」などが挙げられています 。
これらのトレンドもまた、「11の欲望」と深く関連しています。
- 体験型消費の重視
モノ消費からコト消費へのシフトは継続し、特に記憶に残るユニークな体験や、自己成長に繋がる学びの体験への需要が高まると考えられます。これは、「腕を磨いたから、腕試し欲望」(スキルを活かせる体験)や「あっ、コレわたしっぽい欲望」(自分らしい特別な体験)、「資本集中型消費欲望」(非日常的な興奮を得られる体験)などと結びつきます。 - 将来への準備意識の高まり
経済的な不確実性や社会保障制度への不安から、貯蓄や投資、スキルアップなど、将来に備えるための消費が増加すると予測されます 。これは、「心身平常運転の欲望」(将来の安心を得たい)や「守りたいものがある欲望」(自分や家族の将来を守りたい)といった、安定や安全を求める欲望と関連が深いです。 - メリハリ消費の定着
日常生活では節約を意識しつつも、自分が価値を見出すものやこだわりたい分野には積極的にお金を使うという「メリHALAL消費」の傾向は、2025年も続くと見られます 。これは、「資本集中型消費欲望」そのものであり、どの分野に「集中」するかが個々の「11の欲望」の強弱によって変わってくると言えるでしょう。 - AIを活用した消費の一般化
AIによるレコメンデーションや情報収集がより高度化し、消費者はAIに「任せる」ことで、選択の負担を軽減し、より効率的な購買行動をとるようになると予測されます 。これは、「無理のない自由への欲望」(手間をかけずに最適な選択をしたい)や、情報過多からの解放を求める「心身平常運転の欲望」と関連する可能性があります。 - 循環型消費(リユース・リサイクル)の拡大
環境意識の高まりや節約志向から、中古品の購入やリサイクルへの関心が一層高まると考えられます 。これは、「守りたいものがある欲望」(環境を守りたい、資源を大切にしたい)や、賢い消費を志向する「資本集中型消費欲望」と結びつきます。
「欲望未来指数」と「欲望クラスター」の示唆
電通が開発した、消費者の近い将来の消費意欲を測る「欲望未来指数」 や、「11の欲望」の強弱によって消費者を6つに分類した「欲望クラスター」 は、今後の消費動向をより具体的に予測する上で有用なツールとなります。これらの指標は、マクロなトレンドを把握するだけでなく、特定のターゲットセグメントがどのような欲望を強く持っているのか、そしてそれが将来どのように変化していくのかを理解する手がかりを与えてくれます。企業は、自社が保有する顧客データとこれらの指標を組み合わせることで、より精緻でパーソナライズされたマーケティング戦略を構築し、未来の市場変化に先手を打つことができるようになるでしょう 。
明日から使える!マーケターのための「11の欲望」実践ガイド
「11の欲望」の理解は、マーケターにとって強力な武器となります。ここでは、このフレームワークを日々の業務に具体的にどう活かせるのか、実践的なヒントをご紹介します。
商品開発への応用
- ターゲット顧客が最も強く持つ「欲望」は何か?を起点にする
自社のターゲット顧客が、「11の欲望」の中で特にどの欲望を強く持っているのかを分析し、その欲望を満たすような新しい商品やサービスのアイデアを発想します。例えば、「腕を磨いたから、腕試し欲望」が強い層に向けては、自分のスキルを活かして何かを創造できるDIYキットや、成果をオンラインで共有し他者からフィードバックを得られるプラットフォームと連動した商品を開発するといったアプローチが考えられます。 - 既存商品のリブランディングや改良における「欲望」視点の活用
現在提供している商品やサービスが、実はターゲット顧客のどの「欲望」に応えられているのか、あるいは応えられていないのかを再評価します。そして、より深く欲望にリーチできるように、商品のコンセプトや機能、デザイン、提供方法などを見直します。例えば、単に便利な家電製品であっても、「無理のない自由への欲望」を持つ層には「手間を減らして自分の時間を生み出す」という価値を、「心身平常運転の欲望」を持つ層には「静音設計で穏やかな生活空間を守る」という価値を訴求することで、新たな魅力を付加できるかもしれません。
コミュニケーション戦略への応用
- どの「欲望」に訴えかけるメッセージが最も響くか?を考える: 商品やサービスの特性とターゲット顧客の「欲望」を照らし合わせ、最も効果的に心に響くメッセージを開発します。キャッチコピー、広告クリエイティブ、ウェブサイトのコンテンツなど、あらゆるコミュニケーションにおいて、ターゲットの深層心理にある「欲望」を刺激する言葉やビジュアルを選びます。例えば、「ホントはダメだけど、だって欲望」を刺激したい場合、「頑張った自分へのご褒美に、今夜だけは特別な〇〇を」といった、少し背徳感を煽りつつも消費行動を正当化できるようなメッセージングが有効でしょう。
- 欲望基点の広告配信・分析ソリューションの活用: 電通が提供する「DESIRE Targeting」のように、従来のデモグラフィック属性(性別、年齢など)だけでなく、消費者の「欲望」を基点とした広告配信や分析を行うソリューションも登場しています 。このようなツールを活用することで、より的確にターゲット顧客のインサイトを捉え、広告効果の最大化を目指すことができます。
コンテンツ企画への応用
- オウンドメディアやSNSコンテンツで、各「欲望」を持つ読者のインサイトに寄り添う情報発信
自社が運営するブログやSNSアカウントで発信するコンテンツも、「11の欲望」を意識することで、より読者の共感を呼び、エンゲージメントを高めることができます。例えば、「わたしの役割でつながる欲望」を持つ読者に向けては、企業が行っている社会貢献活動のレポートを紹介したり、ユーザーが参加できるチャリティ企画を実施し、その様子をコンテンツとして発信したりすることが考えられます。また、「あっ、コレわたしっぽい欲望」が強い層には、製品のカスタマイズ事例や、ユーザーが自身の個性を表現できるような活用方法を紹介するコンテンツが喜ばれるでしょう。
自社のターゲット顧客が持つ「欲望」を見極めるヒント
- 顧客アンケートやインタビューの深化
既存の顧客アンケートやインタビューに、「この1ヶ月で最も心が動いた消費体験は何ですか?」「その商品やサービスを通じて、どんな気持ちになりたかったですか?」「どんな自分になりたいと期待しましたか?」といった、深層心理を探る質問を加えてみましょう 。これにより、表面的なニーズの奥にある「欲望」の手がかりを得ることができます。 - 購買データやウェブ行動履歴の分析
顧客の購買履歴(どのような商品を、どの程度の頻度で、いくらで購入しているかなど)や、ウェブサイト上での行動履歴(閲覧ページ、検索キーワード、滞在時間など)を分析することで、彼らがどの「11の欲望」を強く持っている傾向にあるのかを推測します。例えば、高価な限定品を頻繁に購入する顧客は「資本集中型消費欲望」や「他人という鏡に映した欲望」が強い可能性があります。 - ペルソナ設定への「欲望」の組み込み
マーケティング戦略の基礎となるペルソナ(架空の顧客像)を設定する際に、年齢や職業、ライフスタイルといった従来の属性情報に加えて、「11の欲望」のうちどの欲望が強く、どの欲望が弱いのか、という視点を組み込みます。これにより、より立体的で深みのある顧客理解が可能になります。
顧客の「欲望」は一つではなく、複数の欲望が複雑に絡み合って存在していることが一般的です。また、その時々の状況やライフステージの変化によっても、欲望の強弱は変動します。そのため、一度分析して終わりにするのではなく、継続的に顧客の声に耳を傾け、その変化を捉えながらアプローチを最適化していくという、柔軟でダイナミックな姿勢がマーケターには求められます。
消費者の「心」を掴むマーケティングを目指して
「11の欲望」は、複雑で捉えどころのない現代の消費者の心を理解するための、非常に強力なツールです。本記事でご紹介した各欲望の一覧や詳細な解説、そして2025年以降の日本市場のトレンド予測が、皆様の日々のマーケティング活動の一助となれば、これほど嬉しいことはありません。
大切なのは、データやフレームワークといった理論を絶対的なものとして鵜呑みにするのではなく、それらをあくまで一つの「手がかり」として活用し、常にお客様一人ひとりの「人間らしさ」、その時々の感情の機微に目を向け、温かい眼差しでその心に寄り添おうと努めることではないでしょうか。AI技術がどれほど進化しても、最終的に消費者の心を動かすのは、作り手の「想い」や「共感」であると信じています。
消費者の深層心理にある「欲望」を深く理解し、真に価値ある商品や体験を提供すること。それが、企業と消費者の間に良好で持続的な関係を築き、ひいてはより豊かで彩りのある社会を実現することに繋がっていくはずです。皆様のこれからのマーケティング活動における新たなチャレンジと、そこから生まれる素晴らしい成果を、心より応援しております。